【宮崎・延岡市の偉人】

明治6(1873)年、京都に生まれる。華族女学校に学び、同校の教授である下田歌子の導きを受けた。英子の卒業後も歌子との交流は続き、歌稿を送るなどして仲がますます深まった。

明治39(1906)年、夫人と死別していた内藤政挙と再婚し、延岡で式を挙げる。育英事業に着目し、学校設立のために活動していた政挙の理念に共感した英子は、夫とともに女子の人材育成に情熱を注いだ。学校の状況を視察して語り合う夫婦の姿は、周囲の者たちへ大きな感銘を与えたという。

大正10(1921)年、恩師・歌子を延岡に迎え感激の再会を果たすも、その後しばらくに体調を悪化させ永眠。享年53歳。英子の1年忌に、歌子の手により編集された遺歌集『撫子(なでしこ)の露』が刊行された。

 

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