【宮崎・清武の偉人】

嘉永元年(1848年)、日向国清武郷木原村(現在の宮崎市清武町)の飫肥(おび)藩士の家に生まれる。22歳の時に家を継ぎ、清武会所(現在の役場)に勤め、その後宮崎県の職員となる。しかし、明治9(1876)年に宮崎県が鹿児島県に強引に併合されてしまう。
明治10(1877)年、西南戦争がおこると県職員を退職して西郷軍に加わった。元・宮崎県域では西南戦争終結後も戦争時の不満や、県庁のある鹿児島から遠いこと、道路や学校の整備などの予算配分が旧薩摩に比べて少ないことなどの理由により、宮崎県の再配置を願う声が次第に高まっていた。川越は宮崎県再置運動に身を投じ、粘り強い運動の末、ついに明治16(1883)年、宮崎県再置に成功する。このあとも川越は宮崎郡長を5年余りつとめ、県都宮崎の発展の基礎をつくった。また、明治23(1890)年には衆議院議員に選出され、国政の場で宮崎県の発展に尽力することになる。

 

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宮崎県郷土先覚者漫画(宮崎県庁HP)

 

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