【長崎県・長崎市の偉人】

寛政10(1798)年、長崎の町年寄の家に生まれる。名は茂敦といい、通称は四郎太夫。秋帆は号である。父の跡を継いで町年寄や鉄砲方を勤めるかたわら、広く蘭学を修める。特にオランダ人を通じて砲術を研究、西洋式の高島流砲術を創始した。

天保12(1841)年、44歳のとき、幕府の命により江戸近郊の徳丸ヶ原(現在の東京都板橋区高島平)で西洋式の調練を実施。これをきっかけとして、幕府は幕臣にも西洋式の兵術・砲術を学ばせることとなる。日本の西洋式兵学の先駆者として、多くの幕臣が秋帆のもとに入門した。

しかし翌13(1842)年、無実の罪で投獄されてしまう。釈放は嘉永6(1853)年、ペリー来航と共に幕府が近代兵学の必要性に迫られたためであった。釈放された秋帆は、講武所砲術師範として国防に尽くしたという。

 

 

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