【福岡、北九州市の偉人】
1847(弘化3)年、豊前(現在の福岡県)小倉藩小笠原家家臣、奥保矩の長男として小倉に生まれる。15歳の時に本家の奥保義の養子とされ、その後家督を継いだ。
1871(明治4)年に陸軍大尉心得となり、明治10年の西南戦争では熊本籠城戦に参加し、薩摩軍の包囲を突破して政府軍と連絡をとるという活躍で勇名を馳せる。この際、敵弾が口から頬にかけて貫通したが、左手で傷口を押さえ右手で軍刀を持ってひるまず指揮したとされている。
明治27年には第五師団長として日清戦争に出征、明治37年の日露戦争では第2軍司令官として作戦を指揮した。戦後も引き続き重要な役職を歴任し、明治44年に元帥となる。
漫画:岩見沢友紀
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