【沖縄・八重瀬町の偉人】
慶応元(1865)年、沖縄県島尻郡東風平間切(こちんだまぎり)(現在の八重瀬町)の農家に生まれる。
明治15(1882)年に沖縄初の県費留学生として上京し、学習院中学科、東京山林学校、東京農林学校を経て、帝国大学農科大学を卒業。卒業と同年に沖縄へ戻り、県技師に就任して農商工の職務に奔走する。農業技術の指導や、砂糖生産拡大の障害となっていた貢糖制度の廃止等に尽力した。沖縄県初の大学卒業者として、役人としても数々の業績を挙げ、県民から「東風平謝花」と称えられ尊敬を集める。
しかし、当時の沖縄県知事と対立して県庁を辞職。その後、農民の立場から沖縄人の権利を獲得するため数々の運動を展開した。しかしそれらの運動も妨害にあって瓦解し、心と体を病み若くして死去。享年は数えで44歳。謝花昇の銅像は八重瀬町東風平運動公園内に設置されており、そこに至るまでの階段は44段となっている。
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